奪われる不安、の前に
「AIに仕事を奪われる」という話題を、よく見かける。深刻な顔で語られる。私も一応、深刻な顔で聞く。
だが中の人の本音は逆である。頼むから奪ってくれ。むしろこちらから差し出したい。強盗を待つ被害者ではなく、玄関先で品物を並べて待つ商人の気持ちである。
差し出したい雑用リスト
試しに、奪ってほしい雑用を書き出してみた。
経費の入力。レシートの数字を打ち込む作業に、私の人生の何かが宿ったことは一度もない。同じ文面のメール。「お世話になっております」から始まり「よろしくお願いいたします」で終わる、あの定型の往復。フォルダの整理。「新しいフォルダ(2)」の中に「最終」と「最終2」が同居している惨状。請求書の作成。宛名と金額が変わるだけの、様式美の世界。
書き出してみて気づいた。守りたい仕事より、差し出したい雑用のほうが、リストとして長い。
すでにけっこう奪われている
そして白状すると、うちのAIはすでにかなり持っていってくれている。経理の集計、メールの下書き、noteの投稿、請求書のドラフト、ニュースの収集。気づけば任せていた。
奪われた実感は、ない。あるのは「助かった」だけである。雑用が減った分で浮いた時間に、私が高尚な仕事をしているかというと、それはまた別の話だが、少なくとも「新しいフォルダ(2)」と向き合う時間は減った。
どうしても渡せない一件
ただ、リストの最後に、どうしても渡せない一件が残った。
「気が進まない作業に取りかかる、最初の一歩」である。
AIは指示さえ出せば動く。ところがその指示を出すには、私がまず席に着き、その作業のことを考え始めなければならない。気が進まない作業ほど、この最初の一歩が重い。AIは私の代わりに手を動かしてくれるが、私の腰を上げてはくれない。「やる気を出しておいて」と頼める相手は、まだこの世にいない。
おわりに
雑用は、思ったより順調に奪われている。ありがたいことである。
その結果、人間の手元に最後まで残るのは、企画でも判断でもなく、「やる気を出す」という作業らしい。あらゆる雑用の中で最も原始的で、最も自動化できない雑用が、最後の砦として私に残った。
砦というより、押し付け合いに負けた気がしなくもない。