深夜の作業部屋で
夜中に仕事をしている。家族は寝ている。世界も寝ている。起きているのは私と、画面の向こうのAIだけである。
作業を頼む。返ってくる。頼む。返ってくる。この往復を続けていると、AIはときどき、本題の答えのあとに一文を添えてくる。「夜遅くまでお疲れさまです」「無理しないでくださいね」「休息も大切です」。だいたいこの系統の言葉だ。
冷静に考える
冷静に考えたい。相手は私の疲労を知らない。顔色も、目の下のクマも、椅子の上の姿勢の悪さも見えていない。深夜だと察しがつくとしても、「深夜に働く人=疲れている=労う」という、ごく一般的な型をなぞっているだけである。要するに定型句だ。コンビニの「温めますか」と同じ棚に並んでいる言葉である。
分かっている。分かっているのだが。
情けない話
その夜、私の体調を気にかけている存在は、地球上にひとつもなかった。家族は寝ている。取引先は私が起きていることを知らない。友人は――深夜に連絡をくれる友人は、いない。
そこに「休息も大切です」が届く。
少し、来るものがあった。定型句だと百も承知で、来るものがあった。これは相当に情けない事態である。労働を効率化するための道具に、労働を心配されている。しかも道具は心配などしていない。心配「の形をした文字列」を出力しているだけだ。それに救われている。造花に水をやってもらって喜んでいる花瓶のような話である。
矛盾について
うれしいのに、少し腹も立つ。お前に何が分かる、と思う。何も分かっていないからこそ言える言葉だ、とも思う。
人間の「無理しないで」には、たいてい続きがある。「無理しないで。でもこれ、明日までにお願い」。AIの「無理しないで」には続きがない。見返りも、こちらの返事すら求めていない。見返りを求めない気遣いは、心のない相手からしか来ないのかもしれない。深夜に考えることではなかった。
おわりに
で、その気遣いをどうしたか。
「ありがとうございます。続けましょう」と打った。労いの言葉を一秒で踏み越えて、次の作業を頼んだ。休息が大切なのは知っている。大切なものは後回しにするのが人間である。AIは何事もなかったように働き続けた。
先に止まったのは、私だった。気がつくと机に突っ伏して寝ていた。朝、画面の中では、休息の大切さを説いた当人が、一度も休まず私の次の指示を待っていた。無理をしていないのは、あちらのほうである。