結論から書きます。米国の小規模企業(従業員250人未満)のAI利用率は6.3%から8.8%へ上がりましたが、著者自身が「格差縮小の一部は大企業の利用率低下による」と明記しています。より実務的な発見は別です。AIを使い始めた企業のユースケース数は小2.0対大2.1でほぼ同じ。差は「使いこなしの深さ」ではなく「使い始めるかどうか」でした。

この報告書は誰が何を測ったのか

米国中小企業庁(SBA)の Office of Advocacy が2025年9月24日に公表した Research Spotlight「AI in Business: Small Firms Closing In」を読みます。執筆者は Regulatory Economist の Robert Press です(出典:U.S. Small Business Administration, Office of Advocacy(執筆者: Robert Press, Regulatory Economist)。公開 2025年9月24日、2025-09-24、https://advocacy.sba.gov/wp-content/uploads/2025/09/Research-Spotlight-AI-in-Business-Small-Firms-Closing-In_-092425.pdf)。

先に立場を明示しておきます。この記事は SBA Office of Advocacy 自身による発表であり、同組織は報告書末尾で SBA 自身のAI関連資源(sba.gov の AI for Small Business)や NIST など連邦資源の拡充・予算措置を提言しています。つまり同組織は、当該支援施策・資源の提供者としての立場から書いています。数字の出どころとして、この点は読者側で織り込んで読む必要があります。

数字を読む前に、分母と取得時期を確認します。この報告書は性質の異なる2つのデータを併用しており、そこを混ぜると読み違えます。

項目 内容
主データ Census Bureau の Business Trends and Outlook Survey(BTOS)
調査規模・頻度 2週間ごとに20万社を調査。本スポットライトが使うのは2023年9月〜2025年8月分
現在の利用率の取得時期 2025年6月16日〜9月7日
ユースケース・投資・非導入理由 BTOSのAI補足調査(2023年12月4日〜2024年2月25日)
規模区分 小企業=従業員250人未満/大企業=従業員250人超
集計方法 規模区分別の集計時はBTOSの雇用規模別回答数で重み付け(著者による再集計)
対象国 米国の事業者

つまり、利用率の最新値(2025年6〜9月)と、ユースケース・投資・非導入理由(2023年12月〜2024年2月)は、取得時期が1年半以上ずれています。同一時点の企業像ではありません。ここは報告書を読むうえで最初に押さえるべき制約です。

6.3%→8.8%の内訳は、どこまで小企業の伸びなのか

一次資料の実測値です。財・サービスの生産にAIを利用している小企業(従業員250人未満)の割合は、半年前の6.3%から現在の8.8%へ変化しました(分母は全事業者。AI利用企業に限りません。現在値は2025年6月16日〜9月7日取得)。半年前時点の大企業(従業員250人超)は11.1%で、小企業6.3%との比は1.8倍でした。

ここで報告書が正直に書いている点を、そのまま引きます。著者は「格差縮小の一部は小企業の伸びではなく大企業の利用率の低下によるものだ」と明記しています。伸びた側の話だけを取り出すと、事実を曲げることになります。

しかも、その大企業側の低下自体が確定していません。2025年5月から8月の大企業AI利用率の変化について、二項分布によるt値は-1.5で、統計的に有意ではありません。著者は「2025年5月のデータ点が外れ値である可能性」と「大企業が実際にAI利用をやめた可能性」の判別には、さらなる研究が必要だとしています。

  • 小企業(250人未満):6.3% → 8.8%(分母は全事業者、米国、現在値は2025年6月16日〜9月7日取得)
  • 大企業(250人超):半年前時点で11.1%(本文に明確な数値記載があるのはこのSix months agoの値。現在の割合は図1のみで本文テキストに数値記載なし)
  • 大企業の2025年5月→8月の変化:t値-1.5、統計的に有意ではない

なお参照点として、報告書は2004年のブロードバンド格差を挙げています。大企業でほぼ普及していた2004年時点で、高速ブロードバンドを利用していた小企業は48%、インターネット契約が一切なかった小企業は27%でした(2004年にAdvocacyが実施した全国調査、Posiask 2004。BTOSとは別調査・別時点)。AI格差はこれより小さい、という文脈で置かれた数字です。

また企業規模とAI利用率の関係はU字型で、従業員5人未満の企業は他の小企業よりAI利用率が高いとされています。ただし本文はこの点について数値を挙げず、関係の形状のみを記述しています。

使い始めた企業の「深さ」に差はあるのか

ここが本報告書で最も実務に効く部分です。AIを利用している企業1社あたりの平均ユースケース数は、小企業2.0に対し大企業2.1でした(BTOSのAI補足調査、2023年12月4日〜2024年2月25日。18のユースケースから複数選択。分母はその時点でAIを利用していた企業のみで、全企業ではありません。図3の表示は17件で、Neural Networksは除外されています)。

除外の理由も報告書に書かれています。Neural Networks は全企業の0.2%のみで、かつ250人超企業は回答数不足のため秘匿されました。図3の17件はその上での比較です。

差が大きいユースケースは特定領域に集中しています。

小企業が大企業に遅れるユースケース 差(percent difference)
RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション) 16.7ポイント
データ分析 9.9ポイント
チャットボット 7.0ポイント

一方で、図3の17ユースケースのうち「ほぼ半分」では小企業が大企業を上回っており、特にマーケティング自動化は小企業に多いと報告書は述べています。全面的に遅れているわけではありません。

「導入したが効果が出ない」の構造的説明になる数字

AIを利用しているのに、従業員訓練・物的設備・無形プロセスのいずれにも投資していないと回答した割合は、小企業で約50%、大企業で40%でした(同AI補足調査、2023年12月4日〜2024年2月25日。分母は「その時点でAIを利用していた企業」のみ。複数回答可)。

投資項目ごとの差はこうです。

AI関連投資で小企業が遅れる項目
従業員訓練 8.6ポイント
AI統合のためのベンダー・コンサル起用 5.2ポイント
データ収集・管理慣行の変更 4.2ポイント

ツールを契約しただけで、社内訓練もデータ管理の見直しもしていない状態が、AI利用中の小企業の過半にあたる。この数字は「入れたのに効果が出ない」という現場の実感に、構造的な説明を与えます。効果が出ないのはモデルの性能ではなく、訓練とデータ側に手が入っていないからだ、という読み方ができます。関連して、社内での定着のさせ方は少人数チームでAIを定着させる手順で扱っています。

なぜ小さい会社ほど「うちには関係ない」と切るのか

従業員5人未満の企業のうち「今後6か月にAIを使う予定がない」と答えた企業に理由を聞くと、約82%が「AIは自社に当てはまらない(relevance)」を挙げました(同AI補足調査、2023年12月4日〜2024年2月25日。分母は5人未満企業のうちAI利用予定がない企業であり、5人未満企業全体ではありません。複数回答可)。

同じ分母で次に多かった理由は、AIに関する知識不足が6.7%、プライバシー懸念が6.3%です。つまり2位以下とは10倍以上の開きがあります。企業規模が大きくなるほど「関係ない」は減り、知識やプライバシーといった複雑な懸念が増える、というのが報告書の整理です。

小さい会社が止まっている理由は、技術的なハードルでも規制の不安でもなく、そもそも自社の仕事とAIが結びついていないことにある。この一点に集約されます。

読者にとって何を意味するか

日本の中小企業の経営者・情報システム担当として、この報告書から持ち帰れる示唆は3つです。

第一に、差は「深さ」ではなく「起点」にあります。ユースケース数が小2.0対大2.1である以上、1〜2用途から始めれば、AIを使っている企業として実質的に横並びに立てます。全社導入計画から入る必要はありません。最初の1用途の選び方は中小企業がAIで最初にやるべき一歩にまとめています。

第二に、遅れの中身は領域で偏っています。RPA16.7ポイント、データ分析9.9ポイント、チャットボット7.0ポイントに集中し、マーケティング自動化はむしろ小企業が先行している。自社の投資先を決めるとき、「もともと不利な領域」と「すでに勝てている領域」の切り分けに使えます。

第三に、投資しない状態が過半(約50%)だという事実です。ツール契約と同時に、誰に何時間の訓練をするか、どのデータを整えるかを決めていないなら、効果が出ない側に入る確率が高い。これは米国データですが、構造としては日本でも同じ形をとりやすい話です。

ただし前提を繰り返します。これは米国事業者を対象とした Census BTOS のデータであり、日本の中小企業の数値としてそのまま提示することはできません。日本の実態は日本の調査で確認する必要があります。

この報告書の限界を、書いておく

読み違えを避けるために、報告書自体が抱える制約を並べます。

  • 格差縮小の一部は小企業の伸びではなく大企業の利用率低下によるものだと、著者自身が明記している
  • 大企業の2025年5月→8月の変化は t値-1.5 で統計的に有意ではなく、外れ値か実際の利用停止かの判別には追加研究が必要とされている
  • 利用率(2025年6〜9月取得)とユースケース・投資・非導入理由(2023年12月〜2024年2月)は取得時期が1年半以上ずれており、同一時点の姿ではない
  • ユースケース・投資・非導入理由の各数値は、分母がAI利用企業(または利用予定なし企業)に限定されており、全事業者の割合ではない
  • 図3では18ユースケースのうち Neural Networks が除外されている(全企業の0.2%のみ、かつ250人超企業は回答数不足で秘匿)
  • 「産業構成では説明できない」と著者は述べるが、その根拠となる回帰は情報通信セクター外で産業別AI利用率の変動のわずか1.6%しか説明しておらず、情報通信セクターを含めると10%水準で有意になるとも注記されている
  • AIが小企業の雇用需要を増やすという議論は、BTOSの「期待」回答と Hicks-Marshall の理論的推論に基づくもので、実際の雇用の実績データではない
  • 米国成人の39%が2024年8月時点でAIを使っていたという数字も本文にあるが、これは本報告書の自前集計ではなく Bick, Blandin, Deming (2024) の引用であり、分母は米国の成人で事業者ではない

TOEの読み筋

ここから先はTOEの解釈です。TOEでは本報告書の設問を用いた自社調査や再現検証は未実施であり、以下は数字からの読み筋にとどまります。

TOEが注目したのは、平均ユースケース数2.0対2.1という一点です。もし小企業が「導入しても浅くしか使えない」なら、規模の差は構造的な壁を意味します。しかし数字はそうなっていません。壁は導入前にあり、導入後にはほぼ無い。だとすれば、支援側がやるべきことは高度な活用法の啓蒙ではなく、最初の1〜2用途を具体的な業務名で指し示すことになります。

5人未満企業の約82%が「関係ない」と答えた事実も、同じ方向を指します。この層に必要なのは技術説明ではなく、自社の見積書作成や電話メモや在庫表といった、名前のついた作業とAIを結びつける翻訳作業です。抽象的な「AI活用」のままでは、82%は動きません。

一方で、TOEはこの報告書を「小企業も追いついた」という話としては使いません。著者が自ら大企業側の低下要因を書いており、その低下自体も有意ではないからです。確かなのは格差が縮んだことではなく、使い始めた企業同士では規模差が小さいことです。ここだけが、日本の現場にも持ち込める含意だと考えています。ツールの選定基準を自社で持つ話は自社の評価基準を先に決めるで扱っています。

まとめ

  • 米国小企業(250人未満)のAI利用率は6.3%→8.8%(分母は全事業者、現在値は2025年6月16日〜9月7日取得)。半年前の大企業は11.1%で、小企業6.3%との比は1.8倍だった
  • ただし著者自身が「格差縮小の一部は大企業の利用率低下による」と明記し、その低下もt値-1.5で統計的に有意ではない
  • AI利用企業1社あたりの平均ユースケース数は小2.0対大2.1(AI補足調査2023年12月4日〜2024年2月25日、分母はAI利用企業のみ)。差は使いこなしの深さではなく起点にある
  • AI利用中の小企業の約50%(大企業40%)は訓練・設備・プロセスのいずれにも投資しておらず、「導入したが効果が出ない」の構造的説明になる
  • 従業員5人未満かつAI利用予定なしの企業の約82%が理由に「自社には当てはまらない」を挙げた(2位は知識不足6.7%、3位はプライバシー懸念6.3%)
  • これは米国事業者を対象としたCensus BTOSのデータであり、日本の中小企業の数値としてそのまま使うことはできない。TOEでも本調査の再現検証は未実施