結論から:ドラマの設定は実在の範囲内でした。2026年8月23日に放送されたTBS系日曜劇場『VIVANT』第2シーズン第15話で、別班のAI「ハヤト」は「計算能力400ペタフロップス、スーパーコンピューター富岳級」と説明されます。実在の富岳の公称性能は442.01ペタフロップスなので、劇中の数字はほぼそのままです。

ただし富岳は量子コンピュータではありません。ここが混同されやすい一点です。当社のMacBook Air(M2・メモリ8GB)で実効性能を測ったところ160.8ギガフロップス、富岳との差は約275万倍でした。そのうえで量子シミュレータを自作してショアのアルゴリズムを実際に走らせ、12量子ビットで15を3×5に素因数分解しています。所要0.5秒。この記事は、その実測をもとにスパコン・AI・量子コンピュータの違いを切り分けたものです。

株式会社TOEはAI開発とAI活用支援を事業としています。この記事は提供する側が書いており、中立の第三者ではありません。他社製品の評価はせず、自社の機材で測った数字と、公開されている一次情報だけを材料にします。

劇中の「400ペタフロップス」はどれくらい正確なのか

まず数字の照合です。

出どころ
劇中のAIハヤト 400ペタフロップス VIVANT第2シーズン第15話(2026年8月23日放送)
実在の富岳 442.01ペタフロップス TOP500のLINPACK性能。理化学研究所・富士通
富岳の構成 432筐体・158,976ノード 同上
富岳の消費電力 約30〜40メガワット 同上

ペタフロップスは「1秒あたり何回の浮動小数点計算ができるか」の単位で、1ペタ=1,000兆です。442.01ペタフロップスは毎秒44京2,010兆回。劇中の400ペタフロップスは、実在するマシンの性能をほぼそのまま持ってきた数字だと分かります。SF的な誇張ではありません。

つまり「そんな計算機は存在しない」という批判は当たりません。存在します。日本にあります。

実測1:手元のMacBook Airは何フロップスなのか

では、その富岳は普通のパソコンと比べてどれくらい速いのか。当社の実機で測りました。

測定に使ったのはMacBook Air(Apple M2・8コア・メモリ8GB・macOS 26.5)です。行列積を実行し、演算回数を所要時間で割って実効性能を出しています。

行列サイズ FP64(倍精度) FP32(単精度)
1024×1024 157.3 GFLOPS 192.5 GFLOPS
2048×2048 160.8 GFLOPS 960.3 GFLOPS
4096×4096 158.0 GFLOPS 516.7 GFLOPS

倍精度の最良値は160.8ギガフロップスでした。富岳のLINPACK性能も倍精度なので、同じ土俵で比較できます。

実効性能(倍精度) 富岳との比
富岳 442,010 TFLOPS 1倍
MacBook Air M2 0.1608 TFLOPS 約275万分の1

約275万倍です。言い換えると、このMacBook Airが1年かけて回す計算を、富岳は約11秒で終えます。

ただし注意点があります。富岳は158,976ノードを並べて出した数字で、消費電力は30〜40メガワット。一般家庭の数万世帯ぶんに相当します。「速さ」は台数と電力で買っているのであって、1台あたりの性能が275万倍優れているわけではありません。 ここは後の量子の話と対比する重要な点です。

富岳は量子コンピュータではない ― 3つは別物

劇中の描写をきっかけに「富岳=最先端=量子コンピュータ」と連想されがちですが、スパコン・AI・量子コンピュータは三つとも別のものです。整理します。

何をするものか 速い理由 富岳との関係
スーパーコンピュータ(富岳) 普通のコンピュータと同じ計算を、桁違いの規模でやる 数を並べた(158,976ノード) 富岳はこれ
AI(ハヤト・ChatGPTなど) 学習したパターンから答えを生成する 計算機の上で動くソフト 富岳の上でAIを動かすことは可能
量子コンピュータ 特定の問題だけ、原理的に違う解き方をする 解き方が違う(並べたのではない) 富岳とは無関係。別系統の機械

AIは計算機の種類ではなく、計算機の上で動くソフトです。 劇中の「富岳級のAI」という表現は、この意味では正しい。富岳のような計算機の上でAIを動かせば、確かに強力なAIになります。

一方、量子コンピュータは「速いコンピュータ」ではありません。得意な問題の種類そのものが違います。 素因数分解・特定の探索・量子系のシミュレーションといった限られた問題で、古典コンピュータでは手が届かない解き方ができる、という機械です。表計算が速くなるわけでも、AIが賢くなるわけでもありません。

実測2:量子コンピュータを自作して素因数分解した

「解き方が違う」を口で説明しても伝わらないので、実際に動かしました。

量子シミュレータをPythonで自作し(使ったライブラリはnumpyのみ、量子計算用のフレームワークは不使用)、ショアのアルゴリズムを走らせて15を素因数分解しています。ショアは、量子コンピュータが実用化すると現在の暗号が破られる、と言われる原因そのもののアルゴリズムです。

実行結果です。

■ 実際に走らせた量子回路:12量子ビット(状態数 4,096)
■ 分解する数 N=15、底 a=7

測定で出る目とその確率(上位):
   測定値   0 / 256  確率  25.0%   位相 0.0000
   測定値  64 / 256  確率  25.0%   位相 0.2500
   測定値 128 / 256  確率  25.0%   位相 0.5000
   測定値 192 / 256  確率  25.0%   位相 0.7500

測定値から周期を復元し、素因数を計算:
   測定値  64 → 位相 0.2500 → 周期 r=4 → 因数 3 と 5

■ 結果:15 = 3 × 5

所要時間は0.5秒でした。

ここで見てほしいのは速さではありません。やり方です。古典コンピュータで素因数分解するときは「2で割れるか、3で割れるか…」と候補を順に試します。ショアのアルゴリズムがやっているのは割り算ではなく、周期を測ることです。

  1. 12個の量子ビットに、0から255までのすべての値を同時に持たせる(重ね合わせ)
  2. そのすべてに対して 7のx乗を15で割った余り を一度に計算する
  3. 逆量子フーリエ変換をかけて、繰り返しの周期だけを浮かび上がらせる
  4. 測定すると 0・64・128・192 に25%ずつ集中する。この間隔から周期4を読み取る
  5. あとは古典の計算で、周期4から因数3と5が出る

上の出力で確率が4か所にきれいに25%ずつ立っているのが、周期が4であることの表れです。候補を試したのではなく、答えの構造を測って取り出している。 これが「解き方が違う」の中身です。

実測3:普通のパソコンで量子コンピュータは何個ぶんまで真似できるか

ここまでの実験は本物の量子コンピュータではなく、普通のパソコンで量子の振る舞いを計算で真似た(シミュレートした)ものです。ではどこまで真似できるのか。これも測りました。

同じMacBook Airで、量子ビット数を増やしながら全量子ビットを重ね合わせ状態にする計算を回した結果です。

量子ビット数 表現すべき状態数 必要メモリ 所要時間
10 1,024 0.02 MB 0.00秒
15 32,768 0.5 MB 0.01秒
20 1,048,576 16 MB 0.14秒
24 16,777,216 256 MB 12.11秒
26 67,108,864 1,024 MB 104.62秒

(27量子ビット以上は必要メモリが2GBを超え、8GBの実機では余裕がなくなって現実的な時間で終わらなかったため、測定を26で打ち切っています。)

量子ビットが1個増えるたびに、必要なメモリと計算量が2倍になります。 これが量子コンピュータの本質です。20量子ビットで約100万通り、24量子ビットで約1,678万通りの状態を同時に扱う必要がある。50量子ビットなら約1,126兆通りです。

この増え方があるので、古典コンピュータで量子コンピュータを真似るのはすぐに破綻します。 メモリだけで逆算すると、

  • MacBook Air(メモリ8GB)= 28量子ビットが上限(2の28乗×16バイト=4.3GB。29量子ビットには8.6GB要り、搭載メモリを超える)
  • 富岳(総メモリ約5.09ペタバイト)= 48量子ビットが上限(2の48乗×16バイト=4.5PB。49量子ビットでは9.0PBとなり足りない)

世界最高峰のスパコンを丸ごと使っても、量子ビットは48個ぶんしか真似できない。 逆に言えば、本物の量子コンピュータが50量子ビットを超えて正確に動いた時点で、古典コンピュータでは追いつけない領域に入ります。この「並べても追いつけない」という性質が、スパコンと量子コンピュータの決定的な差です。

※上記は状態ベクトル法(1状態を複素数128ビットで持つ最も素直な方式)での試算です。回路の性質によっては、より少ないメモリで扱える近似手法もあります。

では暗号はいつ破られるのか

15の素因数分解は12量子ビットでできました。では、実際にインターネットで使われているRSA-2048はどうか。

Googleの研究者Craig Gidneyが2025年5月に公開した論文(arXiv:2505.15917)が、現時点でもっとも新しい見積もりです。

必要な量子ビット数 所要時間
2019年の見積もり 約2,000万 8時間
2025年の見積もり 100万未満 1週間未満

6年で必要な量子ビット数が20分の1になりました。ただしこれはノイズを含む物理量子ビットを100万個並べるという話で、2026年8月現在、そんな機械は存在しません。IBMは誤り訂正機能を備えた200論理量子ビットのシステムを2029年に出すというロードマップを公表しています。

つまり現在地は、

  • 12量子ビットで15を分解できる(今日、ノートパソコンのシミュレータで)
  • 100万量子ビットでRSA-2048が破れる(論文上の見積もり)
  • その間の距離は、まだ相当に遠い

という状態です。「もうすぐ暗号が破られる」でも「永遠に来ない」でもありません。

中小企業が今日やるべきことは、ほぼ何もない

ここまで書いておいて何ですが、中小企業が量子コンピュータのために今日動く必要はありません。 理由は3つです。

  1. 買えないし、使い道がない。 量子コンピュータが有利になる問題は限られており、日常業務にはまず当たりません。クラウド経由で実機を試すことはできますが、業務改善には繋がりません。
  2. 暗号の切り替えは、自社では起きない。 「量子で暗号が破られる」への対策(耐量子暗号への移行)は、実務上はサーバー・VPN機器・証明書の更新としてベンダー側から降りてきます。中小企業が独自に前倒しする性質のものではありません。
  3. 痛みが今日ない。 人手不足や不良品と違い、量子は今日の損失を生んでいません。

ただし1つだけ、無料でできる備えがあります。 取引先の大手企業から降りてくるセキュリティ要求書に、暗号方式に関する項目が入ったかどうかを見ておくことです。中小企業のセキュリティ対応は、自発的にではなくサプライチェーンの要求として降りてくるのが実際の経路です。そこに載った時が、動くタイミングになります。

逆に、それより前に「量子時代に備えて」と持ちかけてくる営業があれば、今は根拠が薄いと考えて構いません。

まとめ

  • VIVANT2第15話(2026年8月23日放送)の「400ペタフロップス、富岳級のAIハヤト」は、実在の富岳(442.01ペタフロップス)とほぼ一致する。設定は誇張ではない
  • 当社のMacBook Air M2の実効性能は160.8 GFLOPS(倍精度)。富岳との差は約275万倍。ただしその差は台数(158,976ノード)と電力(30〜40MW)で買ったもの
  • スパコン・AI・量子コンピュータは三つとも別物。 AIは計算機ではなくソフト。量子コンピュータは「速い計算機」ではなく「解き方が違う機械」
  • 量子シミュレータを自作してショアのアルゴリズムを走らせ、12量子ビットで15=3×5に分解した(所要0.5秒)。候補を順に試すのではなく、周期を測って答えを取り出している
  • 量子ビットが1個増えるとメモリは2倍。8GBのMacでは28量子ビット、富岳を丸ごと使っても48量子ビットが限界(状態ベクトル法での試算)
  • RSA-2048を破るには100万量子ビット未満・1週間未満という2025年の見積もり(arXiv:2505.15917)。IBMの誤り訂正200論理量子ビットは2029年目標。まだ遠い
  • 中小企業が今日動く必要はない。 見張るべきは取引先から降りてくるセキュリティ要求書の一項目だけ

なお当社では、劇中のハヤトをモデルにした社内AI秘書を実際に作って動かしています。そちらの実測記録はVIVANT2の「ハヤト」を作ってみた — 社内40タスクを24時間見ているAI秘書「アワ」の実測記録にまとめました。ドラマのAIと実務で使えるAIの差は、性能ではなく「推測を許すかどうか」でした。

株式会社TOEでは、中小企業向けのAI導入支援と業務自動化を実務で運用しています。