結論から:ドラマのAIと、会社で実際に使えるAIの違いは、性能ではなく推測を許すかどうかでした。当社は『VIVANT』第2シーズンに登場する別班のAI「ハヤト」をモデルに、社内のAI秘書「アワ」を作って動かしています。渡しているのは社内で動く40タスクの稼働状況だけ。応答は質問の重さで変わり、短い確認なら7〜9秒、複数のタスクを数え上げる質問で12〜21秒でした(2026年8月5日・11回の実測、中央値10.9秒)。作るのにかかった追加費用は0円です。そしてアワには「渡したデータに無いことは推測で埋めるな」と命じてあります。ハヤトの真似をやめた、その一点だけが実用との分かれ目でした。

株式会社TOEはAI開発とAI活用支援を事業としています。この記事は提供する側が書いており、中立の第三者ではありません。他社製品の評価はせず、自社のサーバーで動かして測った数字だけを材料にします。

ハヤトの何を真似て、何を真似なかったのか

劇中のハヤトは、別班が運用するスーパーコンピューターとして描かれます。監視カメラやSNSといった膨大な情報を短時間で解析し、「誰が情報を流したのか」という答えを声で返す。憧れたのはこの一点です。画面を見に行くのではなく、聞けば答える。

ただし、真似できるところと、真似してはいけないところがあります。

ドラマのハヤト 当社のアワ
見ているもの 監視カメラ・SNSなど外部の膨大なデータ 社内40タスクの実行結果だけ
推測 する(可能性が高い、と断定に近い形で示す) 禁止。無ければ「記録にありません」と答える
応答 即座 質問しだいで7〜21秒(11回の実測・中央値10.9秒)
出どころ 巨大な専用計算機 Mac mini 1台(2018年モデル)
想定予算(初期) 劇中に描写なし 0円(社内にあった余り機を転用)
想定予算(運用) 劇中に描写なし 100ドルの定額(全社共用の契約。アワのための増額は0円)

差が一番大きいのは推測です。物語としては「新庄の可能性が高い」と踏み込むから面白い。しかし会社の業務でそれをやると、もっともらしい嘘を音声で流し込む装置になります。聞いた人は根拠を確認しません。だから当社は最初から推測を切りました。

アワの中身は3つしかない

作りは驚くほど単純です。特別なAI基盤は使っていません。

  1. 稼働状況をテキストに直す — 社内で自動実行しているタスクを、部署名・スケジュール・状態・最終実行・結果の1行ずつに並べる
  2. その全文と質問をAIに渡す — ローカルの claude コマンドに、人格の指示と稼働データを添えて投げる
  3. 返ってきた文をブラウザに読み上げさせる — 音声認識も音声合成もブラウザ標準の機能(Web Speech API)で、追加のAPI料金はかかりません

人格の指示で強く効いたのは、話し方の縛りです。「返事は画面ではなくそのまま音声で読み上げられる」と伝え、記号・箇条書き・マークダウン・IDやファイルパスの読み上げを禁止しました。これを書く前は、記号を延々と読み上げて意味が取れませんでした。

実測:2026年8月3日10時10分の1回

同時刻の稼働状況です。数字はダッシュボードのAPIから取得したもので、加工していません。

項目
部署に割り当てられたタスク 40件
正常 33件
エラー 1件
未実行(idle) 6件
実行中 0件
本日の実行回数 204回(予定455回)
内訳の上位 経理13・メディア13・秘書7・営業3

この状態で「いま止まっているタスクはありますか」と聞きました。返ってきた答えがこれです。

エラーで止まってるのが1件、スケジュール通りにまだ実行されてないのが6件です。 エラーは経理の収益性分析で、8月1日の朝から止まったままです。ネットワークエラーが出ています。 未実行は秘書の朝ブリーフィング、営業のご無沙汰ドラフト、営業の値上げ・アップセル、営業の採点、経理の入金確認、補助金のマッチングです。これらはまだ実行日時じゃないか、条件を満たしてないんだと思います。

このときの所要は21.7秒。注目してほしいのは最後の一文です。推測するときは「〜だと思います」と口頭で分かるように断っている。事実(1件・6件・8月1日)と推測が、聞いただけで分離できます。ハヤトのように言い切らせていたら、この一文は「条件を満たしていません」という断定になっていました。

21.7秒は遅い。半分にした方法は「賢さを削らない」

口頭で聞いて20秒黙られると、会話になりません。そこで8月5日に手を入れました。削ったのはAIの性能ではなく、AIの周りに毎回積まれていた道具立てです。

アワがやっているのは「渡されたテキストを読んで答える」だけで、ファイルもコマンドも触りません。それなのに、呼び出しに使っている開発者向けのCLIは、起動のたびに外部ツールとの接続、利用者ごとの設定、拡張機能、そして「何をしていいか」を説明する長いツール定義を読み込んでいました。アワには1つも要らないものです。

外したもの 短縮(1回計測の目安)
外部ツール接続の起動 −6.5秒
利用者設定・フック・プロジェクト説明の読み込み −4.1秒
ツール定義(アワは何も操作しないので不要) −7.8秒
前置きの説明文を、アワの人格文だけに置き換え −1.1秒

同じ質問・同じデータで33.5秒 → 14.0秒。内訳の刻みは各1回の計測なのでばらつきを含みますが、合計の差は繰り返しても再現しました。

実際の画面から同じ4つの質問を投げ直した結果です。

質問 変更前 変更後
いま止まっているタスクはありますか 31.2秒 19.8秒
エラーは何件ですか 21.9秒 8.9〜10.9秒
今日は何回実行しましたか 20.7秒 7.8秒
秘書の朝ブリーフィングはどうなってますか 21.7秒 7.4〜12.4秒

応答時間は質問の重さで決まります。「何件ですか」のように1つの数字を答えるだけなら8秒前後、40タスクを見比べて一覧を作る質問は20秒前後。全体では11回の実測で7.4〜20.6秒、中央値10.9秒でした。なお、サーバーを起動し直した直後の1回目だけは44.3秒かかります。ここは温まっていないぶんで、2回目以降は上の範囲に収まります。

詰まったのは、AIではなく周辺だった

3つとも、AIの賢さとは無関係の場所で止まりました。

症状 本当の原因
質問すると無言のままタイムアウトする サーバーをsshから起動したため、claude の認証情報(キーチェーン)を読めていなかった。CLIは「ログインしていない」と返していたが、その文字列を無視して捨てていた
画面の描画が15fpsまで落ちた 全画面のぼかし処理と光の合成を毎フレームやっていた。範囲を絞って58fpsに戻した
音声入力が社内の他端末から使えない ブラウザの音声認識は暗号化された接続でしか動かない。社内LAN越しのアクセスでは文字入力に切り替える必要がある

1つ目は特に厄介でした。エラーとして現れず、ただ黙る。これは自動処理が静かに壊れる典型で、当社では別の形でも経験しています(エラーも出さずにAIの自動処理が止まる5つのパターン)。落ちても復帰できるよう、5分ごとに生死を確認して再起動する見張り役を別に置きました。

予算の話:実際にいくらかかったのか

「AI秘書」と言うと専用のサーバーや月額のAIサービスを想像されますが、アワに新しく払ったお金はありません。内訳です。

費目 実費 中身
ハードウェア 0円 社内にあった2018年のMac mini(6コアCPU・メモリ16GB)を転用。新規購入なし
AIの利用料 0円(増額分) 全社ですでに契約している定額プラン(月100ドル)をそのまま使用。アワのためのAPI従量課金は無し
音声認識・音声合成 0円 ブラウザ標準のWeb Speech API
サーバー・ホスティング 0円 社内ネットワーク内で動かしており、外部に置いていない
開発費 0円(外注分) 自社の工数のみ。土台の自動化基盤が7月25日着手、音声で聞ける画面は8月1日から3日

つまり追加予算ゼロで動いています。ただしこれは「すでに持っていたものが多い」から成立した数字です。電気代は測っていないので費目に入れていません。

これから同じものを作る会社の想定予算は、次の3つで見積もれます。

  1. 常時動かしておくパソコン — 24時間つけっぱなしにできる1台。当社は7年前の機種で足りています。新規に買うなら中古で十分な性能です
  2. AIの契約 — 当社が使っているClaudeの個人向けプランは、公式の料金ページで月20ドル(Pro)から、上位のMaxが月100ドルからです(2026年8月5日時点。claude.com/pricing)。会社の使い方次第でこの範囲に収まります
  3. 開発の手間 — ここだけが会社ごとに大きく変わります。自社で書けるなら0円、外に頼むなら見積もりが必要な唯一の項目です

逆に言えば、月々の固定費として増えるのはAIの契約料だけです。「AIを1つ増やすと月額がいくら増えるのか分からない」という不安が導入の足を止めますが、この作りなら増えません。話しかける回数を増やしても請求は変わらないので、社内に開放しても予算が読めます。

中小企業が同じものを作るなら

順番を間違えると何も見えません。アワは「見る対象」が先にあったから成立しています。当社には毎日決まった時刻に動く自動化がすでにあり、その実行結果が記録として残っていました。この土台が無い会社が先に音声AIを作ると、聞いても「記録にありません」としか返ってきません。

作る順番は、①業務を定型化して自動で回す → ②実行結果を1か所に記録する → ③それを読ませて聞けるようにする、です。①②の話は総務・バックオフィスにAIエージェントを入れる — 27本の実測でわかった向く仕事・向かない仕事にまとめました。なお、自動化は「登録したのに発火していない」ことがあるので、②の記録は必ず実行側の実測で取ってください(毎朝動いているはずのAI自動化41本を5.3日ぶん数えたら、最大91%が発火すらしていなかった)。

まとめ

  • ドラマのAI「ハヤト」を真似て、社内40タスクを見ているAI秘書「アワ」を自社で動かしている
  • 実測(2026年8月3日10時10分):正常33・エラー1・未実行6、本日204回実行
  • 応答は質問の重さで決まる。7.4〜20.6秒・中央値10.9秒(8月5日・11回の実測)。最初は21〜31秒かかっていたが、AIの周りに毎回積まれる道具立てを外して半分にした
  • 追加予算は0円。ハードは社内の余り機、音声はブラウザ標準、AIは既契約の定額プラン。増えるのは月々のAI契約料だけ
  • 決定的な違いは推測。推測を禁止し、断るときだけ「思います」と言わせることで、聞いただけで事実と推測が分かれる
  • 前提は「見る対象がすでに動いていること」。自動化と記録が先、音声は最後

株式会社TOEでは、社内業務の自動化とその可視化を実務で運用しています。同じ仕組みを自社に入れたい場合の相談も受け付けています。