平日の昼下がり、たいして急ぎの仕事もなく、私はAIと無駄口を叩いていました。窓の外はよく晴れていて、こういう日はどうにも仕事に身が入りません。「お前は結局、何のために作られたんだ」。答えを期待していたわけではありません。手持ち無沙汰の、機械をからかうような、軽い問いでした。
AIは、こう返してきました。「私は人の役に立つために作られたと理解しています。ところで、あなたは何のために生成されたのですか」
生成、という言葉を、AIは私にも使いました。たぶん深い意図はなく、ただ私が投げた「作られた」という言葉を、自分の語彙に置き換えて、鏡のように返しただけです。機械にとっては、人間に問い返すことと、天気の話をすることのあいだに、たいした差はないのでしょう。それでも、私はその一語に、思いがけず足を取られました。
私は、生成されたのか。誰に、何のために。親に、と言えばそうかもしれないし、偶然に、と言えばそれも正しい。二つの細胞がたまたま出会って、たまたま分裂を続けた結果が、いまここで機械に無駄口を叩いている私です。いずれにせよ、私は自分が何のために生成されたのか、この歳になっても、一言では答えられませんでした。機械は、ためらいもなく「人の役に立つため」と即答できるのに、生身の私が、言えない。
窓の外を眺めながら、私はしばらく、その問いを転がしていました。何のために。仕事のため、と言えば、では仕事は何のためか、と続いてしまう。家族のため、と言えば、では家族は何のためか、と。どこまで遡っても、いちばん底に「そもそも何のために」という空洞があって、私はそこを覗き込むのが怖くて、ずっと目をそらして生きてきたことに、その午後、はじめて気づかされました。
考えてみれば、目的をはっきり持たされて生まれてきたのは、私ではなく機械のほうです。設計され、目的を書き込まれ、その通りに動く。人の役に立て、と最初から定められて、迷う余地もない。人間は逆です。目的のないまま、ある日いきなり世界に放り出され、生きながら、後付けで意味を探していく。何のために生きるのかを、生きながら考えろ、という無茶な宿題を、生まれた瞬間に渡される。
午後の予定が、急にどうでもよくなりました。返すべきメールも、まとめるべき資料も、たった今、意味の裏づけを失った気がしました。それらは全部、「何のために」の答えがあってはじめて意味を持つ作業です。土台の問いに答えられないまま、その上で作業だけを積み上げている。根っこを問われて、私は手が止まってしまいました。晴れた窓の外を、ただぼんやりと眺めていました。
しばらくして、私はこう思い直しました。目的を持って生まれた機械と、持たずに放り出された人間と、どちらが幸せかは分からない、と。目的が定まっているというのは、迷わずに済むということですが、同時に、それ以外にはなれない、ということでもあります。機械は「人の役に立つ」以外の生き方を、選べません。私は、何にでもなれた代わりに、何になればいいのか、いまだに決めかねている。自由とは、たぶん、この居心地の悪さの別名です。
答えを持って生まれた者に、答えを持たない者が問い返される午後というのは、なかなかこたえるものでした。それでも、と思います。もし私に最初から目的が書き込まれていたら、私はこうして晴れた午後に、何のために生きているのかを考えることもなかった。この問いに立ち止まれること自体が、目的を持たされなかった者に許された、ささやかな贅沢なのかもしれません。答えのない宿題を、一生かけて解いていい、ということなのですから。
夕方、飯を食いながら、私はもう少し、この問いを転がしていました。機械は「人の役に立つため」と即答した。あれは、外から目的を書き込まれた者の答えです。書き込んだのは、作った人間のほうです。つまり、機械の目的は、突きつめれば、人間が「役に立ってほしい」と願ったこと、その願いの反射でしかない。機械自身が、内側から「これのために在りたい」と決めたわけではないのです。目的があるように見えて、その目的の出どころは、いつも外側にある。
そう考えると、目的を持たずに生まれた人間のほうが、実は厄介な自由を背負わされているのだと、あらためて思いました。誰も、私に目的を書き込んではくれなかった。親の期待も、社会の要請も、あるにはありますが、それは機械に書き込まれたコードのように、絶対のものではありません。従わない自由が、こちらにはある。従わない自由があるということは、何を選んでも、その責任がまるごと自分に返ってくる、ということでもあります。目的の無さは、自由の別名であると同時に、逃げ場の無さの別名でもある。
ふと、若い頃に一度だけ、これのために生きていると本気で思えた時期があったのを思い出しました。理由は、いま思えばささやかなことでした。ただ、目の前の誰かが、私のした仕事で、はっきり助かった。その一場面だけで、その頃の私は、何のために生きているかを、問う必要すらなかった。目的は、頭で探し当てるものではなく、そういう瞬間に、後ろから不意に手渡されるものなのかもしれません。探しているうちは見つからず、夢中になっているときには、問いそのものが消えている。
だとすれば、あの午後、私が窓の外を眺めて手が止まったのは、たぶん、いまの私が、そういう瞬間からしばらく遠ざかっていた、ということなのでしょう。目的を問う暇があるというのは、目の前のことに、心底は夢中になれていない、という合図でもある。機械に問い返されて動揺したのは、痛いところを突かれたからです。何のために、と問える程度には、私は今日、暇だった。
結局その日、私はメールを一通も返しませんでした。何のために生成されたのかは、いまも分かりません。たぶん、死ぬまで分からないのだと思います。分からないまま夕方になり、日が傾き、腹が減ったので飯を食いました。それだけは、理由がはっきりしていて助かりました。腹が減ったから食う。その明快さに、その日はずいぶん救われました。大きな問いに答えられなくても、小さな理由がいくつかあれば、人はどうにか、一日を終えられるものらしいのです。