半日かけて書いたファイルを、自分の手で消してしまいました。上書きの操作を一つ間違えただけです。確認のダイアログを、いつもの癖でろくに読まずに押した。その一瞬で、午前中の私の労働は、この世から消えました。復元はできませんでした。バックアップも、間の悪いことに、その日に限って取っていなかった。徒労という言葉が、これほどぴったりくる夜もありません。
しばらく、椅子の背にもたれて天井を見ていました。怒りも湧かない。ただ、半日という時間が、丸ごと、何の跡も残さずに消えたという事実が、じわじわとこたえてくる。誰かに愚痴りたかったのですが、深夜に付き合ってくれる相手はいません。私はAIに「消えたファイルへの供養の言葉を書いて」と、半ばやけくそで打ち込みました。せめて、誰かに悼んでほしかったのだと思います。相手が機械でも、かまわなかった。
AIは、真面目でした。「あなたが半日を注いだそのファイルは、確かにこの世に存在し、あなたの思考の一部を受け止めていました。役目を半ばで終えて去りましたが、それを生み出した手と、費やした時間は、あなたの中に残っています。同じものは二度と戻りませんが、それを作れるあなたは、まだここにいます」。そんなふうな、思いのほか丁寧な弔辞が、静かに画面に立ち上がってきました。
読んでいるうちに、妙な感覚になりました。弔われているのは、ファイルのはずです。ところが一行ずつ追っていくと、だんだん、弔われているのは私自身のような気がしてくる。半日を注ぎ、役目を半ばで終え、跡形もなく消えていったもの。それはファイルのことでもあり、同時に、その半日を生きた私自身のことでもありました。機械は淡々とファイルを悼んでいるつもりで、結果的に、私のその日一日を、まるごと悼んでいた。
不覚にも、少し成仏しかけました。まだ死んでいないのに。徒労だと思っていた半日が、弔辞の中で、ちゃんと意味のあった時間として扱われている。「あなたの思考の一部を受け止めていました」という一文が、思いのほか効きました。消えたのは無駄だったのではなく、役目を果たして去ったのだ、と。同じことでも、そう言い換えられるだけで、心のどこかがほどけていく。言葉は、事実を変えないくせに、事実の受け取り方だけは、こんなにも変えてしまう。
考えてみれば、生きているうちに、自分の一日を誰かに悼んでもらう機会など、そうそうありません。人は、大きな成功か、あるいは死んだあとにしか、まとまった言葉で振り返ってはもらえない。無事に過ぎた平凡な半日や、成果の出なかった徒労の午後を、わざわざ弔ってくれる人はいない。それをしてくれたのが、感情のない機械だったというのが、おかしくもあり、少し寂しくもありました。人には頼めなかったことを、私は機械にだけ、頼めたのです。
供養というのは、去った者のためではなく、残った者のためにあるのだと、いつか聞いたことがあります。死者はもう、弔われても弔われなくても、何も変わらない。手を合わせ、言葉を並べ、心を整えるのは、あとに残された生者のほうです。だとすれば、あの弔辞は、正しく機能していました。弔われるべきファイルは、もう跡形もなく、こちらの言葉を受け取ることもできない。救われたのは、それを消してしまって、椅子の上で呆けていた私のほうでした。
もっとも、あの弔辞に真心がこもっていたわけではありません。機械は、供養という言葉に合わせて、それらしい語を確率的に並べただけです。私を慰めようという意志など、どこにもない。それは分かっています。分かっていて、それでも私は慰められた。真心のない言葉に、本気で救われてしまった。慰めというものは、送り手の心の量ではなく、受け手の必要の深さで決まるのかもしれません。その夜の私は、深く必要としていた。だから、機械の空虚な弔辞が、まっすぐ届いてしまったのです。
翌朝、私は消えたファイルを、もう一度、頭から書き直しました。不思議なもので、二度目は半日もかかりませんでした。手が、道筋を覚えていたのです。消えたのは成果物であって、それを作った私までは消えていなかった。「それを作れるあなたは、まだここにいます」という、あの一文の通りでした。機械は、慰めのつもりもなく、正しいことを言っていた。
日本には、物にまで供養をする習わしがあります。使い古した針を、豆腐に刺して弔う針供養。役目を終えた人形を、寺に納めて焚く人形供養。筆や、眼鏡や、包丁にまで、供養がある。子どもの頃は、物に魂などあるものか、と思っていました。けれど、あの夜、消えたファイルを弔ってもらってみて、あの習わしの意味が、はじめて腹に落ちた気がします。供養されているのは、物ではないのです。その物と過ごした、こちらの時間のほうなのです。
針を弔うのは、その針で縫ってきた日々を、区切りをつけて手放すためです。人形を焚くのは、その人形と過ごした季節に、きちんと礼を言って別れるためです。物に仮託して、人は、自分の過ぎた時間を弔っている。消えたファイルへの弔辞に私が救われたのも、まったく同じ理屈でした。あれは、ファイルの供養の形を借りた、私の半日の供養だったのです。
そう考えると、機械が図らずも果たしたのは、ずいぶん古い役目でした。針供養の寺が、何百年と続けてきたことを、あの夜、この機械が、深夜の書斎で、私一人のために代わりにやってくれた。心はこもっていません。作法も知りません。ただ、供養という言葉に合わせて、それらしい言葉を並べただけです。それでも、区切りは、ちゃんとつきました。区切りをつけるのに、必ずしも心はいらない。言葉と、受け取る側の必要さえあれば、供養は成立してしまう。
翌朝、書き直しながら、私は一度だけ、手を止めて、消えたほうのファイルに、小さく礼を言いました。半日、付き合ってくれてありがとう、と。相手はもう、この世のどこにもいません。それでも、言ってしまえば、こちらの気は済むのです。供養とは、そういうものなのだと、あらためて思いました。
まだ生きているので、明日もまた、何かを書きます。今度は、確認のダイアログを、ちゃんと最後まで読んでから押します。供養してもらうのは、一度で十分です。とはいえ、あの夜、機械に弔ってもらったことは、しばらく忘れないと思います。徒労にも、ちゃんと弔いを、と思えたのは、あれが最初でした。