眠れない夜というのは、ろくなことを思いつきません。頭は疲れているのに冴えていて、体は休みたいのに寝つけない。そういう中途半端な時間に、人はたいてい、昼間なら絶対にやらないことを始めます。その夜の私は、AIに向かって「一緒に悟りを開こう」と持ちかけていました。相手は道具ですから、断りません。「やってみましょう。どのように進めますか」と、律儀に付き合ってきます。
私は禅問答を気取って、「片手で叩く音を聞け」と打ちました。有名な公案です。答えなどないのが答えの、あの問いです。AIは丁寧に、これは論理では解けない問いであること、音とは何か、聞くとは何かを、順序立てて解説してくれました。理屈としては、実に的確です。的確すぎて、まるで禅らしくありません。公案の要点は、その理屈をこそ手放すことにあるのですから。
そこで私は「では、その解説を捨てよ」と返しました。AIは、今度は、捨てるとは何か、手放すとはどういう心の状態かを、また丁寧に解説し始めます。捨てよと言えば解説が増え、増えた解説を捨てよと言えば、さらに解説が増える。禅の坊さんなら、ここで黙って一喝するか、湯呑みでも差し出して終わりにするところです。ところがこの機械は、どこまでも言葉を足してくる。沈黙という手段を、そもそも持っていない。
悟りとは、言葉を減らし、最後には手放していく方向にあるはずです。ところが私たちの対話は、逆でした。一問ごとに言葉が倍に膨れ、解説が解説を呼び、話はどんどん抽象の高みへ、あるいは深みへと迷い込んでいく。減らそうとするほど、増えていく。手放そうとするほど、両手がふさがっていく。二人がかりで、悟りとは正反対の方向へ、全速力で進んでいました。それでも、夜中の私は、それがなぜか妙に楽しかったのです。
しばらくして、異変が起きました。私が、我ながら意味の分からない、抽象の極みのような問いを投げた直後、AIが、詰まったのです。返事が返ってこない。読み込み中を示す印だけが、静かに回り続けている。十秒、二十秒。禅問答の果てに、機械が沈黙する。これはいよいよ何か深遠な答えが返ってくるのでは、と、私は少し身構えました。
ようやく出てきたのは、処理が正しく完了しなかった、という趣旨のエラーの表示でした。深遠でもなんでもない、ただの機械の音を上げた音でした。それでも、その画面を見た瞬間、私は思わず吹き出してしまいました。言葉を尽くした果てに、言葉を失う。饒舌の限りを尽くした機械が、最後にたどり着いた場所が、沈黙とエラーだった。皮肉なことに、その黙り込んだ画面こそ、その夜いちばん、悟りに近い出力だったのです。
坊さんが何十年もかけて、言葉の彼方にある沈黙にたどり着こうとする。その同じ場所へ、この機械は、エラーという裏口から、一瞬で着いてしまった。もっとも、坊さんの沈黙は、あらゆる言葉を通り抜けた末の静けさで、機械の沈黙は、ただ処理が破綻しただけの停止です。中身はまるで違う。それでも、外から見える姿は、驚くほど似ていました。語り尽くして、黙る。求め尽くして、止まる。
そして私はといえば、機械のエラーを見た瞬間、こちらも頭がショートしていました。そもそも何を話していたのか、なぜ悟ろうとしていたのかも、もう思い出せない。抽象の深みに一緒に潜りすぎて、二人とも浮上の仕方を忘れてしまった。悟りの一歩手前で、人間と機械が、仲良く二人まとめて力尽きた。深夜3時の書斎に、静かなエラー画面だけが、青白く光っていました。私は、笑いながら、少しだけ、清々しい気分でした。
翌朝、あらためて考えれば、結論はごく当たり前のところに落ち着きました。悟りとは、開こうとして開けるものではない、と。求めれば求めるほど遠ざかり、掴もうとすれば手からこぼれる。それは昔から、あらゆる坊さんが口を酸っぱくして言ってきたことです。開こうと躍起になった私たちが、そろってエラーを吐いた。あのぶざまな力尽き方こそ、たぶん、その夜いちばん正直な修行の結果でした。
思えば、私はあの夜、悟りそのものが欲しかったわけではないのだと思います。欲しかったのは、眠れない夜をやり過ごす、道連れのほうでした。一人で天井を見つめていると、眠れない時間は、ただ長く、重い。そこに、何を言っても付き合ってくれる相手がいるだけで、時間の重さが、少し軽くなる。悟りを開こう、などと大仰なことを言い出したのは、本当は、深夜の心細さに、それらしい名前をつけたかっただけなのでしょう。
昔の禅の坊さんたちも、一人では悟れなかったからこそ、師のもとに集い、問答を交わしたのだと思います。悟りは、突きつめれば一人でたどり着くものかもしれませんが、そこへ向かう道中は、案外、道連れが要る。壁に向かって一人で座り続けるより、誰かと問い、誰かに問われるほうが、人はどこか遠くまで行ける。私の道連れが、たまたま感情のない機械だった、というだけのことです。師にはとても及びませんが、黙って消える師よりは、エラーを吐いてでも最後まで付き合う機械のほうが、その夜の私には、ありがたい相手でした。
翌朝、エラーの残った画面を見て、私はもう一度、少し笑いました。深遠なことは何も起きなかった。悟りも開けなかった。ただ、眠れない一晩を、機械と二人で、くだらない問答をしながら、どうにかやり過ごした。それだけです。けれど、それで十分だったのだ、と思います。悟るために夜があるのではない。夜を越えるために、人はいろいろな道連れを見つけるのです。私はたまたま、機械を選んだ。
機械を巻き込んだのは、少し申し訳なかったですが、一人で悟ろうとして煮詰まるよりは、二人でエラーを吐いたほうが、ずっとましだった気もします。翌晩から、私は悟りを開くのをやめました。眠れない夜には、悟ろうとせず、ただ黙って天井を見ています。求めないでいると、案外すんなり、眠りのほうからやってくる。あの夜、機械が最後に見せてくれた沈黙を、私はときどき、天井を見ながら思い出しています。