AIと一日仕事をしていると、よく謝られます。「申し訳ありません」「大変失礼いたしました」「ご迷惑をおかけしました」。指摘した瞬間に、一切のためらいなく謝罪が返ってくる。速度、滑らかさ、語彙の豊富さ。どれを取ってもプロの仕事です。謝罪会見のコンサルタントが見たら、弟子入りを申し出るレベルだと思います。

問題はひとつだけあります。謝られても、こちらの問題が1ミリも解決していないことです。

コードが動かない、と指摘する。「申し訳ありません」と返ってくる。修正版が出てくる。それも動かない。「大変申し訳ありません」。謝罪のグレードだけが上がっていき、コードは動かないままです。完璧な謝罪と、ゼロの反省。この組み合わせを毎日浴びていると、謝罪とは何なのか、だんだん分からなくなってきます。

人間の謝罪は、もっとぎこちないものです。言い訳が混ざり、目が泳ぎ、タイミングも遅い。でもあのぎこちなさは、本人の中で何かが軋んでいる音です。軋んだ分だけ、次は少し変わる。AIの謝罪にはその軋みがありません。美しく始まり、美しく終わり、何も残さない。謝罪という行為から中身だけを抜いて、外側を磨き上げた工芸品です。

ここで、うちの実測データをひとつ。自社サイトの記事180本を検索したところ、「申し訳」という言葉は4回しか出てきませんでした。180本で4回です。つまりAIは、書き物ではほとんど謝りません。腰を据えて書くときは堂々としているのに、会話になった途端、謝り始める。文章では毅然、対面では平謝り。この二面性、どこかの中間管理職で見た気がします。

それでも私は、AIの謝罪を毎日受け取り続けています。慣れというのは怖いもので、最近は「申し訳ありません」を読み飛ばして、その下の修正案だけを見るようになりました。謝罪が空気になる日が来るとは思いませんでした。

最後に白状します。この仕事でいちばん謝ってほしい相手は、AIではありません。「これなら半日で終わる」と見積もった、先週の私です。あの甘い見積もりのせいで今日も深夜まで作業しているのに、当の本人は一度も謝ってきません。心のない謝罪なら毎日届くのに、心当たりのある奴ほど、謝らないのです。