企業のAI支出は、中央値で従業員1人あたり月$11.38。ChatGPTまたはClaudeの法人向けサブスク1席分程度です。一方で上位1%の企業は月$7.45K。同じ「AIに投資している企業」でも桁が3つ違います。またAnthropicの有料採用率41%がOpenAIの39.5%を初めて上回りました。ただし対象は米国のRamp利用企業7万社超に限られます。

(出典:Ramp(Ramp Economics Lab)、2026-06-26、https://ramp.com/data/ai-index-june-2026

この数字の出どころを、先に断っておきます

本題の前に、読者が数字の重みを自分で判断できるように前提を置きます。

この記事の元になったデータはRamp社自身による発表であり、同社は法人カード・支出管理サービスという当該製品の提供者である。 集計に使われているのは、Rampのカード決済と請求書支払いを通った取引データです。つまりRampは「AI支出がどれだけ増えているか」を語る側であると同時に、その支出が自社サービス上を流れることで事業が成り立つ側でもあります。AI支出の増加を示す数字は、Ramp自身の事業訴求と利害が一致します。

これは「だから嘘だ」という話ではありません。実際の決済データにアクセスできるのは決済事業者だけであり、アンケートでは絶対に出てこない粒度の数字がここにはあります。利害関係を承知したうえで、限定的に使う。それが正しい読み方です。

そのうえでもう一点。分母は「Ramp上の米国事業者7万社超」です。米国企業全体の代表標本ではなく、まして日本企業の水準でもありません。この点についてRamp本文は代表性に一切言及しておらず、この限界は本文が認めたものではなく、外から付す前提であることも明記しておきます。

一次資料の実測:1人あたり月間AI支出の分位

まず数字を条件込みで並べます。条件を落とすと意味が変わるものばかりなので、必ずセットで扱ってください。

数値 内容 分母・対象・期間・条件
$7.45K 従業員1人あたり月間AI支出(上位1%企業) Rampのカード・請求支払データ、米国7万社超の匿名集計。直近月(2026年6月26日公開、「先月」=2026年5月と読める)。本文表記は丸めた「$7.45K」
$611 従業員1人あたり月間AI支出(上位10%企業) 同一月・同一定義での分位比較。分母=Ramp上の米国7万社超の事業者
$11.38 従業員1人あたり月間AI支出(中央値企業) 同一月・同一定義での分位比較。本文は「ChatGPTまたはClaudeの法人向けサブスク1席分程度」と説明。分母=Ramp上の事業者
14.1%増 上位1%企業の1人あたりAI支出の前月比 「先月」の伸び。上位1%層のみの数字であり、全体の伸び率ではない
41%(前月比+2.5ポイント) Anthropicの有料採用率 分母=Ramp上の米国事業者7万社超。2026年6月にベンダー別追跡の手法改定(OpenAI・Anthropicの法人支出捕捉の改善)を実施した後の数値
39.5%(前月比-0.1ポイント) OpenAIの有料採用率 分母は同上。同月にAnthropicが初めてOpenAIを上回った

分布の形を言葉にすると、こうなります。中央値$11.38に対して上位10%が$611、上位1%が$7.45K。中央値と上位1%の間には約650倍の開きがあります。平均値ではなく分位で見なければ、この構造は絶対に見えません。「企業の平均AI支出」という言い方で語られる数字があったら、それは上位1%に引きずられた値である可能性が高い、ということです。

そして前月比14.1%増という伸びも、上位1%層だけの数字です。全体が毎月14%ずつ増えているわけではありません。ここを混同した引用が一番起きやすい箇所なので、注意してください。

読者への意味:中小企業が持つべき「現実的な予算感」

中小企業の経営者・情報システム担当にとって、この分布から取り出せる実務的な含意は3つです。

  • 中央値$11.38=法人シート1席分が、AI予算の出発点として現実的な水準である。凝った構成を組む前に、まず1人1席から始めている企業が半数以上いる、という構図として読める
  • 上位1%の$7.45Kは、平均を押し上げる少数の突出企業の数字である。「他社はもっと使っているはずだ」という焦りから過剰投資に走る前に、自社が比べるべきは平均ではなく中央値だと確認できる
  • ベンダーは1社固定にしない。Anthropic 41%・OpenAI 39.5%と拮抗し、順位が入れ替わる程度の差しかない市場では、契約を毎年見直す前提で組むほうが合理的である

3つ目について補足します。採用率41%対39.5%は、1.5ポイント差です。「どちらかが決定的に優れている」と読むには小さすぎる差であり、むしろ「どちらでも成立する企業が多い」ことの証拠として読むべきです。ベンダー選定は勝ち馬に乗る問題ではなく、自社の用途で試して決める問題になっています。評価の考え方はAI導入の評価基準を自社で決めるで扱っています。

なお、1人あたり月額という指標そのものにも注意が必要です。この分母は「従業員数」であり、実際にAIを使っている人数ではありません。全社員100人のうち5人だけがClaudeを使っている企業と、100人全員が使っている企業では、同じ1人あたり支出でも中身がまったく違います。単価と利用率を分けて見ないと、自社の数字と比較できません。

この数字が答えていないこと

Ramp本文および事前調査から、不都合な点・限界を漏らさず書きます。読者が「この数字をどこまで信じてよいか」を判断する材料です。

  • 対象はRampのカード・請求支払を利用する米国企業7万社超に限定される。 米国企業全体、まして日本企業の代表標本ではない。本文自体は代表性について一切言及しておらず、この限界は本文が認めたものではなく外部から付した前提である
  • 標本の属性が本文から検証できない。 事前調査の指摘どおりRamp利用企業はスタートアップ/VC調達済みの比率が高いとされるが、本文にはその属性記載がなく、偏りの程度を本文から確かめる手段がない
  • 発信元のRampは法人カード・支出管理サービスの提供者であり、集計対象データの当事者である。 AI支出の増加はRamp自身の事業訴求と利害が一致する
  • 手法改定と実態変化を切り分けられない。 本文が認めるとおり2026年6月に「AI採用のベンダー別追跡を改善する手法改定」「OpenAI・Anthropicの法人支出の捕捉改善」を実施しており、Anthropicの逆転を含む前月比の変化が実態の変化なのか手法変更の影響なのかを本文だけでは判別できない
  • 精緻値が確認できない。 上位1%の値は本文では「$7.45K」と丸められており、事前抽出の$7,449という精緻値は本文では確認できなかった
  • Rampを通さない支出は捕捉されない。 直接契約、他社カード、クラウド経由のAPI課金などは含まれず、企業の実際のAI支出総額を下回る可能性がある
  • 裏付け数値のない記述がある。 本文は「AI支出がエンジニア給与に匹敵する企業はほとんど存在しない」と述べ、また企業がDeepSeekなど安価なモデルへ移行しつつあると認めているが、DeepSeekの採用率など裏付けとなる具体数値は示していない
  • 分母に非利用企業が含まれるか不明。 有料AI支出をまったく行っていない企業の比率が本文に記載されておらず、分位計算の分母に非利用企業が入っているかが判然としない

最後の項目は、実は中央値$11.38の解釈を大きく左右します。もし分母に「AI支出ゼロの企業」が多く含まれているなら、中央値$11.38は「AIを使っている企業の典型」ではなく「使っている企業と使っていない企業を混ぜた中間点」になります。逆に有料支出のある企業だけが分母なら、$11.38は「導入済み企業の典型的な水準」として読めます。この2つはまったく違う話なのに、本文からはどちらか決められません。数字を引用するときは、この不確かさごと引用するのが誠実な扱い方です。

TOEの読み筋:決済データで測るという発想を、自社に持ち込む

ここからは株式会社TOEとしての読み筋です。前提として、TOEではRampの利用も、本記事で扱った分位分析の再現も未実施です。 以下は一次資料を読んだうえでの解釈であり、自社で検証した結果ではありません。

TOEがこのレポートで最も価値があると考えるのは、$11.38という数字そのものより、「AI支出をアンケートではなく決済データで測った」という方法論のほうです。

企業に「AIにいくら使っていますか」と聞くと、答えは驚くほど当てになりません。部署ごとに個別契約したサブスク、個人カードで立て替えた月額、クラウド請求に埋もれたAPI従量課金。これらは経理上バラバラの勘定に散っており、経営者本人が全体額を把握していないことのほうが普通です。Rampがやったのは、この「聞いても分からないもの」を決済側から直接束ねる、という発想です。

これは中小企業がそのまま真似できます。必要なのは高度な分析ではなく、次の3点を1枚に集めることだけです。

  • 法人カードの明細から、AI関連ベンダーへの支払いを抜き出して月次で並べる
  • クラウド請求書の中から、生成AI・推論APIに該当する行を分離する
  • それを従業員数と「実際に使っている人数」の両方で割り、2つの単価を出す

この作業をやると、多くの企業で「思っていたより払っている」か「思っていたより使われていない」のどちらかが出ます。どちらも重要な発見です。前者なら重複契約の整理、後者なら定着の問題であり、打つ手がまったく違うからです。コストの内訳の考え方はAIのコスト構造を理解する、少人数チームでの定着については小さなチームでのAI導入が参考になります。

もう一点、TOEが注目しているのは前月比14.1%増という上位1%の伸びです。これを「AI投資は急拡大している」と読むのは早計だと考えます。上位1%は絶対額が$7.45Kと大きいため、比率の伸びが実額に与える影響も大きく、少数企業の契約更新やAPI利用の一時的な増加で簡単に動きます。母数が小さい層の前月比は、そもそもブレる。この種の数字を根拠に自社の予算を立てるべきではありません。

TOEの結論はシンプルです。他社の分布は、自社の予算を決める根拠にはなりません。使えるのは「自社の数字がどのあたりに位置するか」を確かめる物差しとしてだけです。物差しは物差しであって、目標値ではない。$11.38に合わせにいくのも、$7.45Kを目指すのも、どちらも自社の業務から出発していない点で同じ誤りです。

実務でどう使うか:3つの質問

このレポートを読んだあと、自社で確かめるべきことを3つに絞ります。

1つ目。自社の1人あたりAI支出は、従業員数で割るといくらか。実利用者数で割るといくらか。 この2つの差が大きいほど、契約数と実態が乖離しています。席数を減らすか、定着を進めるか、判断はこの数字から始まります。

2つ目。支払先は何社に分散しているか。 Ramp上でAnthropicとOpenAIの採用率がともに約4割ということは、両方に払っている企業がかなりの数いる計算になります(41%と39.5%を単純に足すと80.5%となり、重複なしでは成立しにくい)。自社で両方に払っているなら、それが意図的な使い分けなのか、部署ごとの契約が整理されていないだけなのかを確認する価値があります。

3つ目。その支出は何の業務に紐づいているか。 金額だけを見ても投資判断はできません。支出が「どの業務のどの工程を、どれだけ短縮したか」に紐づいていなければ、増やす根拠も減らす根拠も出てきません。Rampのデータは支出側しか見ていないため、この問いには答えてくれません。答えは自社の中にしかありません。

まとめ

  • Rampが2026年6月26日に公開したAI Indexによれば、従業員1人あたり月間AI支出は中央値$11.38(法人シート1席分程度)、上位10%が$611、上位1%が$7.45K。中央値と上位1%の差は約650倍で、平均値では構造が見えない
  • Anthropicの有料採用率が41%(前月比+2.5ポイント)となり、OpenAIの39.5%(同-0.1ポイント)を初めて上回った。ただし差は1.5ポイントで、決定的な優劣を示す幅ではない
  • この記事の元データはRamp社自身による発表であり、同社は法人カード・支出管理サービスの提供者として集計対象データの当事者である。AI支出の増加は同社の事業訴求と利害が一致する
  • 対象は米国のRamp利用企業7万社超に限られ、日本の中小企業の水準ではない。またRampを通さない直接契約やクラウド経由のAPI課金は捕捉されず、実際の支出総額を下回る可能性がある。2026年6月の手法改定により、前月比の変化が実態か手法変更かを本文だけでは切り分けられない
  • TOEではRampの利用も本分析の再現も未実施。そのうえでの読み筋は、他社の分布を目標値にせず物差しとして使い、自社の支出を「従業員数で割った値」と「実利用者数で割った値」の2つで把握することから始めるべき、というもの