攻撃者はどこから入り、どれだけ潜むのか。Mandiantが2025年に世界で50万時間超の侵入調査を実施した結果、初期侵入経路の32%が脆弱性悪用、11%が電話による音声フィッシング、メールフィッシングは6%だった。滞留時間の中央値は14日(2024年は11日)。ただし母集団は大企業寄りである。

何が測られたのか(対象・期間・条件)

Mandiant(Google Cloud)が、年次レポート「M-Trends 2026」を公表した(出典:Mandiant(Google Cloud)、2026-03-24、https://cloud.google.com/blog/topics/threat-intelligence/m-trends-2026)。基礎データは、2025年1月から12月にMandiantが世界で実施した最前線のインシデント調査、合計50万時間超である。想定や調査票への回答ではなく、実際に侵害が起きた組織に入って調べた記録が母集団になっている。

先に利害関係を明示しておく。この記事はMandiant(Google Cloud)自身による発表であり、同社は当該製品──本レポートが指摘する脅威に対応するセキュリティ製品およびインシデントレスポンスサービス──の提供者である。自社サービスの必要性を裏付ける方向のバイアスが構造的に存在する、という前提を外さずに読む必要がある。数字が捏造されているという意味ではなく、「どの脅威が強調され、どの対策が結論に置かれるか」の重心が、提供者側の立場から自由ではないということである。

数値ごとに分母と条件が違うので、先に整理する。

指標 対象・期間・条件
調査の総時間 50万時間超 2025年1月〜12月。Mandiantが世界で実施した最前線のインシデント調査の合計時間。本レポート全体の基礎データ量
グローバル滞留時間の中央値 14日(2024年は11日) 2025年にMandiantがグローバルで実施したインシデント調査が対象。前年との比較値
サイバースパイ・北朝鮮IT労働者関連に限った滞留時間の中央値 122日 2025年のMandiant調査のうち当該2カテゴリのみを抜き出した数値。全体中央値14日とは分母が異なる
BRICKSTORMバックドア事案の滞留時間 約400日 2025年の調査で観測された個別脅威の事例値。中央値ではなく「nearly 400 days」という到達水準の記述
初期侵入経路:エクスプロイト(脆弱性悪用) 32% 2025年のMandiant調査における侵入(intrusions)が分母。1位
初期侵入経路:対話型の音声フィッシング(vishing) 11% 同上(2025年の侵入が分母)。2位に急上昇したとされる。前年値は本文に記載なし
初期侵入経路:事前侵害(prior compromise) 10% 同上。グローバル全体で3位
初期侵入経路:メールフィッシング 6% 同上。2025年に低下したとの記述。前年値は本文に記載なし
ランサムウェア事案に限った事前侵害の割合 30%(2024年は15%) 分母はランサムウェア事案のみ(全侵入ではない)。ランサムウェアでは1位の侵入経路
内部検知率 52%(2024年は43%) 2025年のMandiant調査対象組織が分母。悪意ある活動の痕跡を最初に自組織内で検知した割合
初期アクセスから別の脅威グループへの引き渡しまでの時間の中央値 22秒(2022年は8時間超) 2025年の該当事案が分母。2022年の「more than 8 hours」との比較

なお、本文には各パーセンテージの分母の定義(たとえば「侵入経路を特定できた調査に限る」のかどうか)が明示されていない。割合の厳密な母数は不明である、という限界を持ったまま以下を読んでいただきたい。

メール対策偏重の想定は、この数字とどう食い違うのか

多くの中小企業のセキュリティ投資は、メールから始まっている。迷惑メールフィルタ、添付ファイルの無害化、標的型メール訓練。これは長く「攻撃はメールで来る」という共通了解の上に組まれてきた。

ところが2025年の実測では、初期侵入経路の1位は32%のエクスプロイト、つまりインターネットに露出している機器やソフトウェアの脆弱性を直接突かれた侵入である。メールフィッシングは6%で、レポートは2025年に低下したと記している。数字だけを見れば、投資の重心が実態とずれていることになる。

ただしここは慎重に読む必要がある。メールフィッシング6%という低さは、「メール対策が不要」という意味ではない。調査対象の組織がすでに高度なメール防御を導入済みであり、その結果としてメール経由の成功率が下がっている、という解釈が同じくらい成り立つ。防御水準の異なる中小企業にこの6%をそのまま当てはめるのは誤りである。

一方で32%のエクスプロイトについては、話が違う。脆弱性は防御を入れたから減るのではなく、パッチを当てていない限り開きっぱなしになる。露出している機器の棚卸しをしていない組織にとって、この32%は「まだ手をつけていない領域が1位である」という読み方になる。AIの導入以前に足元の運用が問われるという点は、中小企業がAIを始めるときの最初の一歩で扱った優先順位の考え方と同じ構図である。

電話で入ってくる11%を、どの部署が受けているか

2位に入った11%は、対話型の音声フィッシング(vishing)である。メールではなく、人間が電話をかけてきて、社内の誰かに直接話しかけてくる侵入経路が、実測で2番目に多かった。

これが中小企業にとって具体的な穴になるのは、電話を受ける先が情シスではないからである。

  • 総務や事務担当が「パスワードを忘れた」という電話を受け、社内の人間だと思ってリセットに応じる
  • ヘルプデスク役の担当者が、急いでいる様子の相手にMFA(多要素認証)の解除やデバイス再登録を通してしまう
  • 情シスが1人しかいない、あるいは外部委託で、電話の一次受けが誰なのか決まっていない

技術的な対策は要らない。必要なのは本人確認手順の明文化である。電話での認証情報リセットとMFA解除は原則受け付けない、受ける場合は折り返し・別経路での確認を必須にする。これを紙1枚に書いて、電話を受ける全員に配る。それだけで、実測2位の経路に対する手当てになる。

ただし前年からの推移の具体的な数値は本文に記載がないため、11%が「急増した」という記述の変化幅そのものは検証できない。急増したかどうかではなく、2025年時点で2位だったという事実の方を根拠に使うのが安全である。

「一度感染して駆除した」で終わらせていいのか

もう一つ、中小企業の判断に直結するのがランサムウェアの数字である。ランサムウェア事案に限ると、初期侵入経路の1位は事前侵害(prior compromise)の30%で、2024年の15%から倍増している。グローバル全体では事前侵害は10%の3位だが、ランサムウェアだけを見ると景色が変わる。

事前侵害とは、以前の侵害の残骸から入られる、という意味である。マルウェアを駆除してPCを初期化した。ウイルス対策ソフトも入れ替えた。しかし、その侵害の過程で持ち出された認証情報が生きたままなら、攻撃者は正規のIDでもう一度入ってくる。

  • 感染端末の初期化だけで終えて、パスワードの総入れ替えをしていない
  • 退職者や委託先の残存アカウントを、侵害時に洗い直していない
  • VPNやリモートデスクトップの認証情報を、侵害後も使い続けている

この30%は、「一度やられた後に、どこまでやるか」の判断コストが跳ね返ってきた数字だと読める。認証情報の総入れ替えは面倒で、業務が止まる。その面倒を回避した結果が、翌年の侵入経路の1位になっている可能性がある。

中央値14日を見て安心すると、何を見落とすか

滞留時間(dwell time)の中央値は14日で、2024年の11日から延びた。2週間で見つかっているなら悪くない、と読みたくなる。しかしこの中央値は、脅威の種類ごとに大きく分かれる。

サイバースパイ活動および北朝鮮IT労働者関連の事案に限ると、滞留時間の中央値は122日である。BRICKSTORMバックドアを用いた事案では約400日に達している(これは中央値ではなく個別事例の到達水準である)。中央値14日という一つの数字だけを見ると、長期潜伏型の脅威を大幅に過小評価することになる。

対照的に速くなっている数字もある。初期アクセスの発生から別の脅威グループへ引き渡されるまでの時間の中央値は22秒で、2022年の8時間超から桁違いに短縮された。侵入して足場を作る者と、そこから金銭を取る者が分業していて、その受け渡しがほぼ自動化されている、という構図が読める。人間が気づいて対応を始めるより前に、次の段階が始まっている。

数字の分解を怠ると判断を誤る、という点では、ベンチマークのスコアを一次元で見ることの危うさと同じ話である。中央値も総合スコアも、便利だが、分けて見ないと嘘になる。

内部検知率が52%(2024年は43%)に上がっているのは、素直に良い変化である。半数強の組織が、外部からの通知ではなく自組織内で最初に痕跡をつかんでいる。ログを取っていて、それを見る人か仕組みがある、ということである。

この調査を、そのまま自社の発生確率として読んではいけない理由

ここまでの数字は、すべて同じ限界を共有している。

母集団は、Mandiantのインシデントレスポンス顧客に限られる。Mandiantに調査を依頼できる規模の組織──大企業や重要インフラ──に偏っている可能性が高く、日本の中小企業の実態を代表する数値ではない。「日本の中小企業でも32%が脆弱性から入られている」といった引用は誤りである。

さらに、調査対象は「侵害が発生し、外部専門会社による調査に至った事案」である。侵害を受けなかった組織も、自社内で処理できた事案も、母集団に入っていない。典型的な選択バイアスであり、割合はすべて「重大な侵害が起きた場合の内訳」として読むしかない。

加えて、前述のとおり各パーセンテージの分母の定義が本文で確認できない。侵入経路を特定できた調査に限った割合なのか、全調査を分母にした割合なのかで、数字の意味は変わる。

したがって使い方は一つに絞られる。発生確率としてではなく、優先順位の付け方として使う。何%の確率で自社に起きるかは、このレポートからは分からない。だが「侵害された組織を実際に調べたら、メールより脆弱性と電話の方が多かった」という順序は、投資の並べ替えの根拠になる。

TOEの読み筋

TOEでは未実施である。M-Trends 2026の手法を自社環境で追試したわけでも、顧客環境で同種の統計を取ったわけでもない。以下は、実測ではなく読み筋として書く。

このレポートを中小企業向けに翻訳すると、費用のかかる新規導入よりも、棚卸しの話に着地すると考えている。

第一に、インターネットに露出している資産の一覧が、そもそも社内にない企業が多い。ルータ、VPN装置、NAS、リモートデスクトップ、外部公開している業務アプリ。これらのファームウェア・パッチ適用状況を一覧にするだけなら、外部への支出はほぼ発生しない。1位の32%に対する手当てが、最も金のかからない作業から始められる。

第二に、11%の音声フィッシングに対する本人確認手順の明文化も、紙1枚で済む。電話でのパスワードリセットとMFA解除の扱いを決めて配るだけである。

第三に、30%の事前侵害に対しては、事前の合意が要る。「侵害が確認された場合、駆除だけでなく認証情報を全件入れ替える」を、平時のうちに方針として決めておく。有事に判断すると、業務停止を嫌って必ず削られる項目だからである。

そのうえで、この読み筋自体にも留保を付けておく。上の三つは、Mandiantの数字が中小企業にも当てはまるならば有効、という条件付きの推論である。母集団が大企業寄りである以上、順位が中小企業でも同じである保証はない。AIツールでも同じことだが、外部の数字は自社の判断材料であって、自社の測定結果の代わりにはならない。自社で何を測るかを決める話は、評価基準を自社で持つことで扱ったとおりである。

まとめ

  • Mandiantが2025年1月〜12月に世界で実施した50万時間超のインシデント調査によれば、初期侵入経路の1位は32%の脆弱性悪用、2位は11%の音声フィッシング、メールフィッシングは6%だった(分母は2025年の侵入。分母の厳密な定義は本文に記載なし)。
  • ランサムウェア事案に限ると、1位は事前侵害の30%(2024年は15%)。駆除だけで終えて認証情報を入れ替えないと、翌年もう一度入られる経路になる。
  • 滞留時間の中央値は14日(2024年は11日)だが、サイバースパイ・北朝鮮IT労働者関連では122日、BRICKSTORM事案では約400日。中央値だけを見ると長期潜伏型を過小評価する。
  • 内部検知率は52%(2024年は43%)に改善。一方、初期アクセスから別グループへの引き渡しは中央値22秒(2022年は8時間超)で、対応の時間的余裕は縮んでいる。
  • 母集団はMandiantのIR顧客=大企業・重要インフラ寄りで、しかも「侵害が起き外部調査に至った事案」に限られる。発生確率としてではなく、投資の優先順位を並べ替える材料として使うのが妥当。この記事の元データはMandiant(Google Cloud)自身の発表であり、同社は該当製品・サービスの提供者である。TOEでは未実施。