無人で回している自動化というのは、順調なときほど静かです。そして不調のときも、同じくらい静かです。人間なら悲鳴を上げる場面で、彼らはログに一行だけ残して黙ります。「timeout」「接続できません」。誰にも読まれない前提の、短い遺書のような文です。
ある朝ログを開いて、この遺書たちが俳句に似ていることに気づきました。短い。感情がない。なのに読む側が勝手に情緒を感じてしまう。それなら、いっそ詠んでやろうと思いました。エラーの供養です。
一つ目。うちには900秒でタイムアウトするはずの日次処理がありました。ある日、そのログを追うと、切られたはずの処理が139分も生きて動いていました。900秒は15分です。制限時間の9倍以上を、誰にも知られず走り続けていたことになります。律儀なのか無法なのか、いまだに分かりません。
切られても なお生きており 蝉の声
二つ目。要約担当のAIが、いつの間にかログインが切れていました。彼はエラーで騒ぐでもなく、「未ログイン、要約はスキップされる」と一行残して、その日の仕事を静かに畳んでいました。翻訳すると「入れなかったので帰ります」です。置き手紙だけは、きちんとしている。
未ログイン 夏の要約 スキップす
三つ目。これがいちばん堪えました。メディアの更新を担う自動化が、3日間、黙って止まっていたのです。エラーすら吐いていない。ただ動いていない。気づいたときの感覚は、故障の発見というより、留守だと思っていた部屋に3日前から誰もいなかったと知ったときのそれに近い。
三日ほど 黙って止まる 油照り
「接続できません」も詠みました。この文言は何度見ても、こちらの努力と無関係に降ってくるので、天気に近いと思っています。
つながらぬ サーバーの先 夕立かな
詠んでみて分かったことがあります。俳句にすると、エラーは腹が立たなくなります。900秒の約束を破って139分生きた処理も、黙って帰った要約AIも、五七五に収めた瞬間、どこか風流な連中に見えてくる。ログの一行に季語を足すだけで、障害対応が句会になります。復旧はしませんが、心は穏やかになります。
ただ、最後に気づいてしまいました。俳句の世界には「詠み人知らず」という言葉があります。作者の名が残らなかった句のことです。うちのログでいちばん詠み人知らずなのは、エラーを吐いた連中ではありません。エラーすら吐かず、誰にも気づかれないまま止まっていた、あの3日間のジョブたちです。彼らは一行も残さなかった。句にすらならなかった。
なので最後の一句は、私が代わりに詠んでおきます。
誰も見ぬ ログに積もりし 夜の秋
供養は以上です。監視の設定は、このあと直します。