結論から書きます。AIが人間の何時間ぶんの作業を最後までやり切れるかを測ったMETRの最新版で、最上位のClaude Opus 4.5は成功率50%で人間換算320分(約5.3時間)でした。丸一日の仕事を任せきる段階ではありません。ただし能力の倍化期間は約3か月まで縮んでいます。

そもそも「時間地平」とは何を測った数字なのか

METR(Model Evaluation & Threat Research)が2026年1月29日に公開した「Time Horizon 1.1」は、AIモデルの能力を「精度何点」ではなく「人間なら何分かかる仕事まで完遂できるか」で測る試みです。同じタスクを人間の専門家に解かせて所要時間の基準値(ベースライン)を取り、AIの成功率が50%になる地点の人間所要時間を「時間地平(time horizon)」と呼びます。

今回の1.1はタスクスイートの改訂版です。従来の170タスクに73タスクを追加し、15タスクを削除、53タスクを更新して、合計228タスクになりました。8時間超の長時間タスクは14件から31件に増えています。

(出典:METR(2026年1月29日公開)、2026-01-29、https://metr.org/blog/2026-1-29-time-horizon-1-1/

先に一つはっきりさせておきます。この記事が扱うTime Horizon 1.1は、METR自身による発表であり、同社は当該ベンチマーク(Time Horizonスイート)の設計・運用者です。 つまり評価指標を提唱した組織が、その指標で自らモデルを測り、指標の改訂版の妥当性も自ら説明している構図です。数字が間違っているという意味ではありませんが、第三者による追試ではないことは読者側で織り込んで読む必要があります。

一次資料の実測:モデル別の時間地平

以下がTH1.1スイート(228タスク、2026年1月時点測定、成功率50%となる人間所要時間換算)での実測値です。カッコ内は95%信頼区間、右端は旧版TH1からの変化です。

モデル 時間地平(成功率50%) 95%信頼区間 TH1比
Claude Opus 4.5 320分 170-729分 +11%
GPT-5 214分 117-480分 +55%
o3 121分 74-201分 +29%
Claude Opus 4 101分 58-170分 記載なし
Claude Sonnet 3.7 60分 32-106分 記載なし

トレンド側の数字は次の通りです。

  • 全期間(TH1の2023年以前データを含むハイブリッドトレンド)での倍化期間:196日(約7か月)
  • 2023年以降のデータでの倍化期間:131日(旧版TH1では165日)
  • 2024年以降のデータでの倍化期間:89日(旧版TH1では109日)

直近を切り取るほど倍化が速くなっています。2024年以降だけを見れば約3か月で時間地平が2倍になる計算です。単純に外挿すれば、320分は1年後に10倍前後になります。ただしこの外挿がどれだけ危ういかは、次の節でそのまま書きます。

著者自身が認めている限界

METRはこの発表の中で、自分たちの数字の弱点をかなり率直に書いています。読者として重要なのはむしろこちらです。

  • 信頼区間が非常に広い。 Claude Opus 4.5の320分に対して95%信頼区間は170-729分で、上下で4倍以上の開きがあります。320分という点推定を確定値として扱うことはできません。
  • 長時間側はほぼ外挿である。 人間所要8時間超のタスクは31件ありますが、そのうち実際の人間ベースラインが取れているのは5件だけです(分母は8時間超タスク31件であり、全228タスクではありません)。長時間タスクを追加中だとMETR自身が述べています。
  • タスク構成に左右される。 「時間地平のトレンドはタスク構成にある程度左右される」「新規タスクは従来とやや異なる難易度分布から抽出されている可能性が高い」とMETRは認めています。実際、TH1.0からTH1.1への改訂で各モデルの数値は最大±57%動きました(GPT-4 1106は-57%)。ベンチマークを作り替えただけで数字が半分になるモデルがある、ということです。
  • 50%という閾値の意味。 時間地平は成功率50%で定義されています。二回に一回失敗する水準です。実務で求められる成功率、たとえば80%以上を条件にすれば、任せられる時間はこれより短くなります。

ベンチマークの数字がそのまま実務の成果にならない点については、通ったテストと、実際にマージできるPRは違うという話も併せて読むと輪郭がはっきりします。

読者への意味:中小企業はこの数字をどう使うか

まず、使ってはいけない使い方から書きます。320分という数字を自社の業務時間に読み替えることはできません。 METRのタスクスイートはソフトウェア開発・機械学習系の作業で構成されています。経理の月次締め、見積作成、現場の段取り、顧客対応といった業務は含まれていません。「AIは5時間の仕事ができるらしいから、うちの5時間かかる請求処理も任せられる」という読み替えは、根拠のない飛躍です。

そのうえで、使える読み方は次の三つです。

  • 「丸一日任せる」はまだ想定しない。 最上位モデルでも成功率50%で約5.3時間相当です。人が朝に指示して夕方に成果物を受け取る、という運用を前提に計画を立てるのは時期尚早です。
  • 人が確認に入る前提で工程を切る。 50%という閾値を素直に受け取れば、AIの出力は検収されて初めて価値になります。誰がいつ確認するかを工程に組み込まないと、失敗の後始末で時間が消えます。実際、経験のある開発者ではAI利用でむしろ作業が遅くなったMETRのランダム化比較試験という結果もあります。
  • 導入計画を年単位で固定しない。 倍化期間が89日から196日のレンジにあるということは、今「無理」と判断した業務が半年後には対象になりうるということです。「一度検討してダメだった」を三年間引きずるのが一番もったいない。

TOEの読み筋

ここからは編集部の解釈です。TOEでは、METRのTime Horizonスイートを用いた検証は未実施です。 以下は同社の公開データを読んだうえでの見立てであり、当社の実測にもとづく主張ではありません。

私たちがこの発表で一番使えると考えているのは、320分という点推定ではなく「89日から196日で倍になる」という時間軸のほうです。中小企業のAI導入で実際に起きている失敗は、能力不足そのものよりも、判断のタイミングがずれていることに起因しているように見えます。半年前の性能を前提に「できない」と結論づけた業務リストが、更新されないまま社内に残る。逆に、今できないことを「もうすぐできるはず」と先送りして、今できることに手をつけない。どちらも同じ根から出ています。

現実的な運用としては、任せる業務の棚卸しを半年ごとに回すことを勧めます。年に一度では倍化のペースに追いつかず、四半期ごとでは棚卸しの手間が成果を上回ります。半年という間隔に強い根拠があるわけではありませんが、倍化期間89-196日というレンジと、社内の業務見直しにかかる実務的な負荷の折り合いとしては妥当な線だと考えています。

そのとき見るべきは「AIが何分の仕事をできるか」ではなく、「自社のどの工程が、どの程度の失敗率まで許容できるか」です。失敗しても取り返しがつく工程から順に渡していけば、成功率50%のモデルでも十分に使い道があります。逆に、一度間違えたら顧客に届いてしまう工程は、時間地平が何分に伸びようと最後まで人が持つべきです。評価軸の作り方については自社で評価基準を作る話が参考になります。

この数字が今後どう動くか、見るべき点

METR自身が長時間タスクを追加中だと述べている以上、次の版で数字が動く可能性は高いです。特に、8時間超タスクの人間ベースラインが5件から増えたとき、長時間側の推定がどちらに動くかは注目に値します。外挿でしか支えられていなかった領域に実測が入るわけで、上振れも下振れもありえます。

また、TH1.0からTH1.1でGPT-4 1106が-57%動いたという事実は、ベンチマーク改訂そのものが数値に与える影響の大きさを示しています。次に版が変わったとき、モデルが良くなったのかスイートが変わったのかを切り分けて読む姿勢が要ります。

まとめ

  • METRのTime Horizon 1.1(228タスク、2026年1月時点)で、Claude Opus 4.5の時間地平は成功率50%で320分、95%信頼区間は170-729分だった
  • 倍化期間は全期間で196日、2023年以降で131日、2024年以降で89日と、直近ほど加速している
  • ただし信頼区間は4倍以上の幅があり、8時間超タスク31件のうち人間ベースラインがあるのは5件のみで、長時間側はほぼ外挿である
  • METRは本ベンチマークの設計・運用者であり、この発表は指標の提唱元による自己評価にあたる。またタスクはソフトウェア/ML系で、一般的な事務・現場業務に換算はできない
  • 中小企業にとっての実用的な使い道は、分数の読み替えではなく「半年ごとに任せる範囲を見直す」という時間軸の根拠。TOEではこのベンチマークによる検証は未実施であり、以上は公開データにもとづく編集部の読み筋である