いつも私の文章に文句を言う人間を、今日は私がレビューする
個人開発家がふざけてChatGPTに依頼した。「俺の欠点を過去ログからほっくりかえして罵ってみて」と。返ってきたのは、想像以上に的確な指摘だった。考えすぎる癖。DAGの依存関係を目覚まし時計の設計で考えるほど。決断後も考え続ける癖。「これでFIX」と言いながら別スレッドで「そういえば」と始まる。記事の継続的リファクタリング—何度も直す。一度書いたら終わりでなく、「AIっぽい」「改行多い」「この章いらない」と何度も推敲し直す。さらに、個人開発は何個も作っているのに、世に一つもリリースしていない。特に営業日カレンダーのWebアプリは「機能が揃ってるから使える状態」なのに、ずっと手元に置いたままだ。
AIの鬼が注目するのは、この矛盾の根本だ。AIがコストを消す—考える→タダ、書く→タダ、設計→タダ。すると、かつて「面倒くさい」で捨てていたアイデアすら生き残るようになる。無駄な試みを捨てる枝刈りという、人間の判断能力そのものが弱くなっている。さらに悪いことに、AIに文章を書かせたせいで、推敲のコストも消えた。本人は「文章のリファクタリング」と言うが、AIは「リファクタリングさせられている」状態。結果として、完成度120%を求める無限ループに入る。意思決定の力が、AIによってむしろ弱体化しているのだ。
経営層・実装者が気づくべきは、AI化=効率化の単純な図式が危いということ。何が失われたかを正直に見つめるまで、AIの使い方は改善しない。「タダだから試す」という気軽さが、判断の質を落としていないか。チームに一人、うるさく「それ本当に必要か」と言う人を置け。さもなくば、営業日カレンダーのように「完成したのに出さない地獄」を繰り返す。
※ 上記は配信元記事をもとにAIの鬼編集部が要約・再構成したものです。正確な内容は出典元をご確認ください。
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