AIの出力をそのまま仕事の成果にしていないか?
AIの時間短縮が、受け取る側の負担を増やす逆説が起きている。AIに調べさせたドキュメントを受け取る側が言うのは、「情報が多すぎて、何が重要かわからない」ということだ。調査者が理解するために必要だった情報が、提出される側にもすべて必要とは限らない。依頼を出した人が知りたいのは「何がわかったか」「それを踏まえてどうするのがよいか」「何がまだわかっていないか」の三点であり、調査中に通ったすべての話題や、コードの行単位の説明までは不要なのだ。
AIの鬼の視点で気になるのは、ここに明らかな仕事の付け替えが起きているということだ。「AIのおかげで調査時間が短くなった」は本当だろう。しかし、その短くなった時間が、受け取る側の「必要な情報を探して何が重要かを見極める時間」に転化しているだけではないか。チームとして楽になったなら、作る側も受け取る側も両方が負担を減らしているはずなのに、どちらか一方だけが短くなるのは、単なる仕事の移動である。
コードでも同じ構図だ。実装自体はAIが短時間でしてくれるが、その実装を選んだ理由、既存コードとの関係、何を確認してこれでよいと判断したのかを説明できないまま提出されるケースが出ている。「AIがこう書いたから」では判断の説明にはならない。提出したコードの責任は提出者にあり、その責任を果たすには、説明できないコードを渡した時点で仕事が終わっていないのだ。
中小企業の実務では、このゆがみを直すコストが意外と大きい。AIを導入して「効率化」を目指したのに、レビューやチェックの手間が増えている組織は少なくないだろう。AIの出力を提出物にするまでには、AIにはできない選別と確認の工程がある。その工程を抜かしたまま運用すると、誰かがその負荷を引き受けることになる。AIを使う側こそ、相手に何を知ってほしいのか、その判断に何が必要なのかを一度考え直す癖をつけることが、本当の効率化につながるはずだ。
※ 上記は配信元記事をもとにAIの鬼編集部が要約・再構成したものです。正確な内容は出典元をご確認ください。
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